唐辛子が日本に伝えられたのは16世紀後半と言われていますが、実際のところ伝来の時期・ルートとも様々な説があり、はっきりしたことはわかっていません。ただ諸説を整理すると、南蛮(ポルトガル)渡来説と、朝鮮渡来説に大別することができそうです。
南蛮(ポルトガル)渡来説としては、天文12年(1543年)種子島に漂着したポルトガル船が鉄砲とともに唐がらしも日本に紹介したとする説が最も古く、他に1596年〜1614年の間にタバコとともに入ったとする説、1605年に伝えられたとする説などがあります。唐がらしのことを“南蛮”とか“南蛮こしょう”と呼んでいる地方もあることから、南蛮渡来説は、それなりの説得力があります。
一方、朝鮮からの渡来説の中では、1592年〜95年に豊臣秀吉が征韓の役をおこした際、加藤清正が持ち帰ったとする説が有力です。京都では、高麗(
昔の朝鮮半島にあった国の名前)
という言い方を使って“こうらいこしょう”と呼んでいるのもこんな歴史的背景があってのことかもしれません。
このように、唐辛子の伝来については、時期・そのルートとも定かではありませんが、年代的には16世紀後半、ルートとしてはポルトガルと朝鮮の二つのルートから相次いで日本にもたらされたと考えられています。
因に、呼称に“唐”という文字が入っていることから、中国経由で伝えられたように見えますが、中国に唐辛子が伝わったのは17世紀前半、明の末期の頃で、日本より遅かったそうです。唐の文字がついているのは、当時の日本人の中国に対する、特別の感覚の現れと思われます。江戸時代以前の日本人においては、文化・政治は言うに及ばず、風俗・習慣などの流れは中国との交流の恩恵にあずかることが多かったので、個性的でいかにも初々しい香辛料の呼び名に“唐”の文字が冠せられたと思われます。